毘沙門さまの功徳毘沙門さまのおすがた
その1
それでは七福神の中で、毘沙門さまという福の神はどういう力を持っているのか、どういうことを私たちに考えさせてくれるのだろうか。実はこれは宣伝ではございませんけれども、先日、こちらのご住職から「川口にこういう七福神霊場の納経帳があります。」ということで納経帳を一ついただきました。ですから、後でこれを見ていただくなり、あるいは今日の記念の色紙にしてもそうですが、目に見ても分かりやすくなっていますので、よくご覧いただけたらと思います。納経帳には一つ一つのお寺と福の神のお姿が出ておりますし、解説もありますので、それで確かめていただきたいと思います。まず、毘沙門さまという福の神は侍の姿であるということ。いかめしいかたちの侍の姿をしていますが、実際には非常に穏やかでやさしい顔をしています。しかし、侍ですから現実的には厳しい態度を示しているので、鎧兜をつけた侍の姿をしています。
それから、右手には、お侍ですから、相手と戦うために棒を持っています。五こ杵という武器を持っているわけです。また、仏教を護るという福の神ですから、左の手の掌に「仏教を大事にしますよ」という意味を表す小さな塔を持っています。この塔はお経を意味しています。お経というのはお釈迦さまの教えということです。これについては後で申し上げます。それから足元のほうをじいっと見ていただきますと、足元には、“天の邪鬼”を踏みつけています。
それから、これは非常におもしろいことだと思いましたが、毘沙門さまの使者が何かというとムカデだそうです。「お使い」にはいろいろありますね、鶴がいるとか、鹿がいるとか、それから大黒さまには鼠がそばにいますね。いろいろお使いがいるようですが、毘沙門さまのご縁日は寅の日と言われています。今日が寅の日に当たっているかどうか調べてみましたが、残念ながら寅の日は月曜日でした。ですから、皆さんには寅の日が参りましたら、それぞれお家で「私は寅の日を覚えていますよ」と念じていただければと思います。
その2
そこで、もう一回申し上げますけれども、毘沙門さまは侍の姿、兵隊の姿をしています。そうしますとちょっと疑問がわいてきます。侍というとこれから戦争をするわけですから、厳しい顔をしていなければなりませんね。ところが、こういった七福神のお姿を見ますと、恰好だけは偉そうなといいますか、立派な鎧兜を着ているんですけれども、顔がまったく締まらないといいますか、にこやかな、要するに福々しい顔をしているんですね。これでよく戦争に行けるな、という気がしてしまいますが、実はこれが重要だと思うんです。にこにこ顔で円満な福を授ける福の神という立場と、鎧兜を着て相手と戦争をする侍、兵隊という立場とには矛盾(むじゅん)はないだろうか。これは一生懸命考えないといけない問題だと思います。
そんな時に少し考えてみたんですけれども、この間、大相撲で横綱の千代ノ富士が引退しました。お相撲さんの顔を見ていると非常に不思議なことがあるんです。土俵に上がったときのお相撲さんの顔というのは、物凄(ものすご)くおっかないといいますか、緊張しているといいますか、凄い顔をしていますね。目付きから、肌の色、筋肉もそうです。普段はこう太っていますから、ブヨブヨとしているような感じに見えますけれども、土俵に上がったときには、もう体中が鋼(はがね)のようになって、ピーンとはりつめてきます。
ところが、土俵から下りて、例えば千代ノ富士が、自分のお子さんを膝(ひざ)の上に抱いているところに、女性アナウンサーがインタヴューして「おこさんがかわいいでしょうね」などと聞いた時、そういう時の横綱千代ノ富士というのは、土俵の上の厳しさとか、鋭い目付きとかいうものはまったく感じられません。どこにでもいるパパ、すぐ隣にいる兄貴といいますか、弟といいますか、普通の人と変らない顔や態度で私たちに接しているわけです。しかし、いざ土俵に上がった時にはそういうことは感じられない。優しさだとか思いやりだとかそういうものは見えない。ただ相手をやっつけるだけ、そのために自分の技術を精一杯生かすことしかないわけですね。
ですから、私たちが考えるヒントとしては、毘沙門さまも戦争に行く時には、兵隊さんの姿で厳しさを示しますが、もう一方では、戦争にいかないで、静かに過ごしている時は、違うのではないか。その辺のところをもう一回考えてみたいと思います。もう少し申し上げますと、厳しい顔をして、一体誰に向かって行くのだろうか、戦争をするといっても、仏教で戦争をするという場合には、誰とどんな戦争をするのだろうか、ということを考えていきたいわけです。