風信(かぜのたより)No.32
祈ることって最近ありますか? あなたは何を祈りますか? 何に祈っていますか? もしも、あなたのお家にお仏壇があるなら、その前で祈りましょう。朝な夕なに祈ってみてください。え?何を祈るかって……。あなたの願うこと、夢が叶うことを祈ってみたらどうでしょう。亡くなられた大切な人のご冥福を祈るのもいいでしょう。何も無いなら……でも、何も無いなんてことはないはず、思いつかないなら今日一日の無事を祈ってみてください。そして、一日の終わりには、今日一日が無事でありがとうと感謝の念を祈ってください。お仏壇の前で祈る心と感謝の念を抱く。日本人がずっと昔から脈々と受け継いできたことです。それが日本人の心を養ってきました。お仏壇がお家に無ければ、あなたの実家の菩提寺のご本尊さまに祈りましょう。
お仏壇を拝む、お仏壇の中の仏さまに祈る。ご先祖さまに自分のいのちが今あることを感謝する。そんなささやかな営みをくり返してきたからこそ、繊細で機知に富み、豊かな感性を宿した日本人の心がつちかわれてきたのです。あなたはそう思いませんか? 日本人に生まれてよかったと。ご先祖さまからのDNAを受け継いできたことを誇りに思わないのですか? だって、日本人くらい感性が豊かで、表現にあふれる民族を知らないでしょう。色、音(声)、香、味、触を表現する日本語って、きっと、他のどんな民族の言葉よりもダントツで多いと思いませんか? 感じたことを細かく多彩に表現できる。そんな風に感じられるこの心は、祈る心と感謝の念に養われてきました。なぜって? それは、仏さまやご先祖さまを「ご供養する」って言いますよね。あの感覚を抱けるなら、日本人の心や感性は豊かで鋭いままにあると思うのです。
ホトケ造って魂入れずって言います。仏さまには、魂が入っていると日本人の多くは思っているでしょう。お仏壇には、ご先祖さまの魂があると思っていますよね。だから、お盆やお施餓鬼を大切にするのでしょう。ちっとも科学的ではない営み。だからこそ、心が養われるのです。目に見えないもの、手に触れられないものだからこそ、大事にしようと思う心に感性がしみこむのです。それが他へのいたみや苦しみを共感できる心となるのです。そして、その象徴が、観音さまの大慈大悲の心だったりするのです。見た目ばかりに気を取られ、数字やお金に振り回される空間に心は息づきません。しなやかで、やわらかい心持ちは育まれません。愛も勇気も希望も情も目には見えない、手にも触れられません。
でも、心の支えにはなるのです。お経にこんな文句があります。「無上甚深微妙の法」これは仏さまの世界を言いあらわした言葉。上が無く、甚だ深く、細かなところまで妙なる教え。それが仏教、不可思議な世界。その世界が実感できる心を毎日、育んでいきましょう。
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