マハトマ・ガンジー
アメリカ・ニューヨークの衝撃的な同時多発テロから、もう4年が経ちました。多国籍軍のアフガニスタンやイラクへの侵攻、さらには、各地での無差別な自爆テロなど、世界のいたるところで終わりなき殺戮がくりかえされています。こうしたニュースが流れるたびに思い出されるのは、インド独立の父と呼ばれたガンジーのこの言葉です。とても理想の高い考えなのかも知れません。そんな理想をいくら唱えても、何も解決しない……という反論も当然のようにあると思います。
マハトマ・ガンジーの「マハトマ」とは、「偉大な魂」という意味で、ガンジーはこの称号を与えられ、「仏陀以来の最大のインド人」とも讃えられました。そのガンジーは「われわれみんなが同じ神の子であり、その本質に神聖を分かち持っていれば、われわれはすべての人間の罪をも共有しなければならない……その人が、自分の同胞【仲間】であろうと、他民族であろうと……」と語り、インドの独立や差別カーストの撤廃、ヒンドウーとイスラムの宗教対立にも自らの命をかえりみず、非暴力・不服従の運動を貫きとおしました。最後には、狂信的ヒンドウー教徒の銃弾に倒れ、「ヘーイ・マーラ!【おお神よ】」の言葉を残して、その生涯を閉じたのです。
こうしたガンジーの生きざまは多くの人々に影響を与えました。トルストイやチャップリンもその一人です。チャップリンはイギリスでガンジーと対談した時の強い印象を映画「モダン・タイムス」で表現しました。便利さだけを追求する機械【科学技術】の罪悪性を訴え続けたガンジーの思想は、死してなお、いまの私たちのひとりよがりの理屈に、疑問を投げかけているように思えます。