真言宗智山派吉祥院珍珠山

仏教コラム

風信(かぜのたより)No.53

 がんばればできる。それなら何も言うことはありませんね。でも、いつも思い通りにできるものでもありませんよね。やる気になればきっとできる。できないのはやる気が足りないから。気合が足りない。そんなことくり返し言われ続けたら、どんなに能力のある人でも、だんだんやる気がなえてきちゃうでしょう。もちろん、何かを成しとげようという時に、注意力が散漫だとか、ほとんど何も準備をしないでトライしても、それでうまくいくことは滅多にないでしょう。何かを成しとげようという時は目標が高ければ高いほど、心して用意周到に取り組まなければならないのも当然でしょう。
 がんばればできることもある。でも、がんばってもできないこともある。その時の環境や状況で、運不運も付き物ですし、またリベンジすればいいと思います。がんばることはとても大切なことです。でも頑張ることと、その結果は別なのではないでしょうか?
 何でも思いどおりにできたなら、こんなに嬉しいことはないでしょう。思いどおりにいくように用意周到準備をして、気合十分取り組んでも、トラブルやアクシデントは必ず訪れます。一寸先は闇、自分自身が不慮の事故や病に倒れることもあるでしょう。そんなネガティヴなことばかり考えていたら何もできないよ。もちろんそうでしょう。ただ、何でも自分の思いどおりになる、やればできる。そんな決めつけは、いつかその無理や歪みが結果となって顕われることがあるということです。
 私たちが進むこの先には、良いこともあれば悪いこともある。それが人生ですよね。良いことばかりが続くことなんてあり得ません。たまたま良いことが続いても、それが永遠に続くと思い込んでいるなら、それはいささか自信過剰気味でしょう。良いこと悪いこと、上手くいくこといかないこと。それをくり返しながら、少しずつ成長し、進化してゆく。そんな心のゆとりが持てればいいなあと思うのです。
 ゆっくり落ち着いてくり返していねいに取り組めば、私たちは何かを成すことができるはずです。人間には限りない可能性が秘められています。あなたにも、わたしにも。「いつか必ずできる」そう信じて取り組むことが何よりも大切なのだと思います。でも今の世の中は時間に追われ、わが身もいつも追い立てられています。すぐに結果を求められます。学校でも社会でも。だからわれを忘れて、感覚も感情も置き去りにして、できたかできないかのどちらかを求められる。これではあなたの、私の本当の力は使い切れません。あなたの能力や可能性は開花しません。
 息をゆっくり深く吸い込んで、見上げて、青い空、白い雲、吹く風にそよぐ草花の自然の振る舞いに、目をこらしてみてください。いのちを活かしきる自然の営みは、あなたの中にもきっとあるのです。川のせせらぎ、波の音、雨音。自然の音が耳に届くなら、あなたの心もみずみずしいはずです。それなら、良い結果が残せるかも知れませんね。
 

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